そのひゃくじゅう

頑張らない

ってテーマ、よく聞くけれども

これまであんまりしっくりくる形がなかったが、

やっとひとつ腑に落ちる形がみつかった。


そもそも、
自分は頑張ればできる!
って思っている節があって。(おこがましい。)

自分を信じることはいいことかもしれないけれど

現実的に、

正直、頑張ってもできないこと

苦手なこともあって。

それは、

・できない
=経験、知識のなさ
=判断力、処理能力のなさ

・苦手
=趣味の問題
=好きか、嫌いかのベクトルから嫌いに近い
=苦手意識に通ずる根本的なその部分を認識、改善していない事柄

であることを自己理解していない状況なんだなと。

それを改善する時間と術において、
仕事上の勤務時間及び作業時間に、
"あわよくば解決していきたい"と思っていたら
ほんとにダメ。(大変おこがましい。)


【自分にない知識、術がある】ということを
【どれほど意識しているか】が問題。

それを無視し続けていると、

【無駄に頑張る】

と同時に

【ひとに迷惑をかける】

かなりの高い確率で。


できない"それ"をできるようになるまで待つことを、
ビジネスの相手に要求しちゃいけないし

どうしても待ってもらうことが見込まれるなら、
その旨をしっかり伝えることが、大事。
相手を傷付けず、自分をも守る。


つまるところ、
【頑張らない】ということの必要性とは
こういうことか、と。


得意なひとより完成度が低くなってしまう可能性
得意なひとより完成が遅くなってしまう可能性

があるのかどうか

そして、得意なものは謙虚に、
かつ、どんと構えて対応できればよい。

なにが違うかと言えば、
・依頼した相手の疲労度
・自身の疲労度
である。

不得手なものは、不得手宣言をすれば、
得意なものは、黙って、
共に余裕をもって仕上げることができる。

<<依頼主と自分>>
だけにフォーカスを当てていたらダメだ。

私がダメでも誰かいる


そんな、【誰か】という第三者、第四者までをも
意識した人付き合いが、きっと心を楽にする。


それだけ、ということ
それが、難しかった、ということで。