そのはちじゅうご

メモ:村上春樹世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド

 

それから彼女はクローゼットの扉をひとつ開け、私の手を引いてその中に押し込んでから中のライトを点け、後ろ手でドアを閉めた。ドアの中は洋服だんすになっていた。洋服だんすとはいっても洋服の姿はなく、コート・ハンガーや防虫ボールがいくつか下がっているだけだ。たぶんこれはただの洋服だんすではなく、洋服だんすを装った秘密の通路か何かだろうとわたしは想像した。何故なら私が雨合羽を着せられて洋服だんすに押し込まれる意味なんて何もないからだ。

 

 

私は意を決してぽっかりと口をあけた闇の中に片脚を踏み入れた。それから体を前にかがめて頭と肩を中に入れ、最後に残りの脚を引き込んだ。ごわごわとした雨合羽に体をくるまれていると、これはなかなか骨の折れる作業だったが、どうにか私は自分の体を洋服だんすから壁の向う側に移し終えた。