そのはちじゅさん

気づいて、思想する、11月24日夜

 

誰かのことを思い、想い、考え、

喜んだり、悩んだり、寂しくなったり、苦しくなったり、話したくなったり、会いたくなったり、会いたくなくなったり、

 

そういったことは、

相手という存在が、当たり前に存在していたという記憶があって

相手という存在が、当たり前にいまも存在しているという自信があって、

相手という存在が、当たり前にこれからも存在しているという確信があって、

出来ることなんだなと

 

たとえばそうじゃなかったとしたら

 

 

記憶のなかに嘘があったとしたら、

次会えると思っている日に会えなかったとしたら、

私はきっとショックを受ける

 

そのショックを受けないためとかじゃなくて

 

当たり前が当たり前じゃなくなって

 

私という存在がひとりになったとき

私はなにをするのかなと

 

私はなにがしたいのかなと

 

私は、これまでの他人さまと出会ってから当たり前に寄り添ったり繋ぎあったり通じあったり通じ合わないという経験を経たりするそのすべての共有がなかったとしたら、なにをしたいかなと

 

どんなひとと出会いたいと願い

どんなことをしたいと願い

どんな働きをしたいと願い

どんな時間を過ごしたいと願い

どんなことを提供したいと願い

どんなことならできると自分を信じることができて

どんなことは頼まれてもしたくないと思うのだろうか

 

 

そんなことをちゃんと考えたくなった

 

 

そのはちじゅうに

返事をもらえないと、

こんなにも寂しいものなのね

不安なのね

気を付けよう

そのはちじゅういち

今日も何度も「すみません」

免罪符の「すみません」

そのはちじゅう

わたしは「ずるい」って言葉を

誉め言葉というか

羨ましいとか素敵とか

そういうニュアンスで使うのですが、

うまく伝わって笑いになるときと

うまく伝わらず え? って顔をされるときがあります。

 

今回は、これを、より、後者の伝わらない相手に

伝わるようにするにはどう変換する必要があるか

姉と話し合った結果を書きます。

 

「その考えには及ばなかった!悔しい!」

 

 

です。

 

 

ちなみに複数人で話していると、前者の感覚を持ちながら、状況として「ずるい」という言葉は的さないという判断から笑うに笑えないという選択をするひとがたまにいるので、そんなひとのために

「(私)ずるい!」

→「(相手)あはっ、えっ、ずっ…?」

→「(私)いやーもうずるいです。ずるいいです。ずる良い。」

と言うと、安心して

→「(相手)ずる良いねwずるいいかぁw」

と笑ってくれることがあります。

 

その中間的なひとたちの気苦労を慮り、

また前述の後者のように伝わらない上に私が失礼な言葉遣いをしたという印象だけ持ち帰る方がいらっしゃることを自覚し、

それは不本意だなという気持ちから、

今回の議論に至りました。

 

 

簡略化して「ずるい!」と言うのではなく

「その考えには及ばなかったですー!悔しいー!」

と笑えるひとはなんだか素敵だなと思いました。

 

そちら側へいきたいものです。

そのななじゅうきゅう

身近なひと

遠いひと

いつも顔を合わせるひと

疎遠になったひと

 

しょっちゅう会うからって適当になっていい訳じゃないし

 

なかなか会えないからって気負う必要もなし

 

″そのひと″とどう過ごしたいか

 

という気持ちがなにより大切で

 

″そのひと″との時間を

 

どういう時間にしたいかが大切で

 

でも、そんなこと考えていても

 

相手がこちらとどう過ごすことを目的としているか

 

によっていとも簡単に理想は夢想に近づいてしまう

 

だども

 

だからこそ

 

こちらの目的とあちらの目的が

 

ガチッと重なると

 

それはもう至福で

 

その至福回数が多いと

 

「そのひとと会えること」

=「そのひとの時間を分けてもらえること」

 

がすごく贅沢なものに感じられる訳ですね

 

贅沢は美味しいから欲しくなっちゃうし

 

食べ過ぎそうになるし

 

求めすぎそうになるし

 

そこらへんで手に入るほかのなにか

 

よりよっぽど気を使うのだけれど

 

その″贅沢なひと″が存在してくれてるだけで

 

自分の人生ハッピーな方だなって思える訳で

 

うん。

 

ただ贅沢なひとに会えば必ずいつだって贅沢に思えるかって言えばそうじゃないのも確か

 

自分が怠けていたり

自分がどこか後ろめたい気持ちがあったり

自分のエゴが出てきた暁には

 

はい、

 

贅沢な時間はどんどん離れて行きます

 

 

このひとにとっても

私にとってもいい時間にしたい

 

と願って、行動して

 

たまたま相手も同じように思ってくれていたら

 

はい

 

贅沢な時間になります

 

つまるところ

 

相手にも相手の都合があって

 

自分には自分の都合があって

 

余裕の有無にもムラがある

 

つまるところ、こちらが余裕をキープしていられれば

 

それ相応にあちらの余裕との合致する確率が上がるってもんで

 

 

おーけー。

 

人間余裕が大事。

 

 

余裕こそ、贅沢。

 

 

余裕を生む努力

 

ですね。

そのななじゅうなな

旅先で失敗して、思い出した言葉

私の師匠が私にする指摘を母に伝えた結果

母から返ってきた言葉があり

それをより私の細胞に落とし込みやすく変換したものを書きます。

 

 

 

あなたは愛嬌でどうにかなってる部分があって、

でもそれだけじゃこれから先どうなるか分からないよと言ってくれてるんじゃない?

愛嬌で買われている場所で

信頼や技術で買ってもらえるように成長していかないとねということでしょう。

信頼や技術の種が愛嬌なんだから

いまそれしかないことは決して悪いことじゃない

でもそれだけに頼ったり驕ったりして手を抜くのは

最低だよ

 

 

と。いうことで。

 

心が痛む。

 

気を付けよう。

 

惰性で仕事するな。はい。

そのななじゅうろく

いつだったか、

 

とある障害を持つ男性が、

 

これは、自分の欠陥なんじゃなくて個性だと思うようにしていると言っていた

 

きみはくせっ毛か直毛か

きみの手は大きいか小さいか

 

視力が悪ければ眼鏡をかけることができるように

握力も聴力も脚力も

大抵のことは、いまや道具が助けてくれる

 

変えたいなら変わる工夫を

 

活かすならいかす努力を

 

と、そういうことなんだよなぁ、

 

なんにせよ

 

頑張っていきましょう